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「私はそのお墓を選んだ人、迷っている人、悩んでいる人、利用者の声を聞くことを柱に据えながら、いろいろなお墓を廻って参りました」と話すのは、これまで葬儀やお墓、供養に関する著書を多数執筆されてきたノンフィクション作家の井上理津子氏。ひと足早い初夏を思わせるような爽やかに晴れ渡った5月17日(金)に、日比谷花壇本社にあるCOTO café(コトカフェ)で、今回のイベント講演会「変わりゆく供養とお墓のカタチ」は開催された。会場には講演会の告知を受けて集まった40代前半~80代半ばまでの幅広い年齢層の男女数十人が集まり、真剣な眼差しで井上氏の話に耳を傾けている。参加者には運営スタッフからコーヒーやカフェラテなどが振る舞われ、会場であるCOTO café(コトカフェ)のなかは焙煎されたコーヒー豆の香りがほのかに漂い、ゆったりと落ち着いた空気が流れていた。
イベント講演会を主催するのは、これまでお葬式を中心にサービスを展開してきた『日比谷花壇のお葬式』。お葬式のあとのアフターフォローや、お墓に関しても柔軟な提案ができる企業でありたいという想いから、今回は特別に井上氏を講師として招き、昨年の秋に発売された井上氏の著書『いまどきの納骨堂 変わりゆくお墓と供養のカタチ』(小学館/2018年)の話を中心に、今後のお墓のあり方を考えていくイベントを開催することとなった。両親を亡くしたことをきっかけにして、近年、葬送とお墓をテーマに執筆してきた井上氏。もともと霊園散歩は好きだったというが、愛犬を連れて毎日朝夕と近所の都立雑司が谷霊園を散歩するなかで、荒れた墓が増えたことをリアルに肌で感じ、その異変に気付いたのだという。2015年には『葬送の仕事師たち』(新潮社)を執筆し、その後のお骨の行方を見届けたいという想いが膨らんだ。霊園の荒れ墓のイメージと自らの想いが重なり合い、「お墓を巡ることで見えてくることがあるかもしれない」と考え、本を上梓する。
会場のなかにはスライドが設置され、講演会のために用意された資料や写真が大きく投映される。「取材をするにあたり、まず “ お宅のお墓は今どうなっていますか? ” とヒアリングをしたところ、シンプルな回答はないことがわかりました」井上氏は穏やかな口調で話しはじめた。「義父母ら直近に納骨した故人との関係、介護、葬儀の話から、出身の場所ではなく今暮らしている街こそ本拠地だと考える意識であったり、お話を聞いて私が感じたのは、やはり家制度というものが色濃く残り “ もうお墓ありますよ ” という方でも、お墓に対しては想いや悩みを抱えている人が多いのだと実感いたしました。お墓についてのお困りの声を整理すると、子どもに迷惑をかけたくない、遠隔地に放置(お墓が遠くてお参りにいけない)、子どもがいない・娘だけなど承継者がいない、家制度の中の(婚家・実家の)お墓に入りたくない、という意見が多くみられました。それが、個人墓を求めることに繋がっていきます」そう言って井上氏はスライドに投映された資料に目を移した。
資料には “墓じまい(改葬)手順 ”と書かれおり、改葬先の墓地・霊園と契約して受入証明書(墓地使用許可書)をもらうことや、今の墓地がある市役所からは改葬許可申請書、今の墓地の管理者からは埋葬証明書を発行してもらうこと、それらすべてを今の墓地がある市役所へ提出することで、やっと改葬許可証が発行されることなどが書かれてある。その改葬手順を眺めるだけでも、簡単に取り掛かれることではなく、根気のいる作業になるだろうことがうかがえる。実際、途中でギブアップする人もいるのだという。しかし、それでもお墓問題解決のために改葬する人は後を絶たず、2017年度では約10万4000件の改葬が行われており、過去10年で4割増しという結果となっている。そして、新規に求める約3分の1の人々が、継承者の有無を問わない新形態を選択していた。
では、継承者の有無を問わない新形態とは。スライドには、ホテルのロビーを思わせる高級感のある建物が映し出され、 “ 自動搬送式納骨堂 ” と書かれている。「納骨堂とはお骨を納骨するところで、ある意味お墓と同じ役割をします」と井上氏は言った。自動搬送式納骨堂の仕組みはいろいろだが、カードをかざすと空いている参拝ブースが表示され 、そこでお参りすることができるのが一般的とされる。立体駐車場のような形式で、参拝ブースには自動的に自分の家の厨子(骨壺を入れた箱)が運ばれて来るため、お骨を前に手をあわせることができる。「最初は抵抗感があっても、見学して一目惚れする年配層が非常に多かったのが印象的です」と井上氏は話を続ける。「交通至便、掃除不要、手ぶら、完全バリアフリー、雨でもOK、というところに皆さん魅力を感じられるようでした」80万~100万円程で購入できるところが多いが、だからと言って利用者に富裕層が少ないというわけではない。取材を重ねるなかで「それどころか、富裕層が土の上のお墓からこちらに流れてきていることがわかった」と井上氏は言う。
参拝ブースはシェアされているとはいえ、参拝しているときはプライベートな空間となる。まるでカフェのようにコーヒーを飲みながら故人とゆったりと会話をしたり、同じ時間を共有する気持ちで故人の側で読書をしたりと、これまでのお墓では叶わなかった供養の可能性を納骨堂は広げることになった。そういったこともまた、多くの人に受け入れられるようになった大きな要因のひとつと言えるのかもしれない。
納骨堂には自動搬送式のほかに “ 仏壇型納骨堂 ” や “ ロッカー型納骨堂 ” と言われているタイプがある。井上氏いわく「仏壇型をお求めの方は自動搬送式とまでは割り切れないけれど、外墓との間をとって低層マンションのごとくお求めになって、ロッカー型は団地には団地の良さがあるのですよ、と言わんばかりの価格と安定感といったコンパクトさを良しとする人が多い」というから、お骨の行き先も住宅事情さながらである。核家族化が進み、都心への移住者も年々増加するなかで、何十年か前に起こった住宅事情の変化が、ここに来てお墓にも移ってきているように感じさせられた。
そのほかにも、継承者不要・管理費なしの代表格とも言える永代供養墓、女性のためだけに設けられた女性専用墓、ゆうパックでお骨を郵送するだけで供養してもらえる送骨、自分の手元で供養したいと願う手元供養まで、時代にあわせて多様な供養方法が存在している。
井上氏は様々なお墓の紹介をしながらも、その在り方について「どんな形態もアリ。100年後を考えてお墓を選ぶのは不可能。そんな中で、この先自分が生きている間、手をあわせて満足感持てれば充分だという考え方がある一方で、やはりルーツを知りたくなるときが孫子の代でくるかもしれないので、そのときの道標のためにも古いお墓は残しておくべきだという考え方もある」と説明する。
どのような選択をするかはそれぞれの自由である。しかし、知らなければ選択することはできない。「いろんな選択肢があるということを、ご存知ない方には知ってほしい」と井上氏は言った。
イベント講演会は1時間半行われ、参加者のなかには熱心にメモを取りながら話を聴く人たちもいた。「今まで何となく耳にしていた納骨や供養の形態がどのようなものなのかはっきりと理解できた」という声や、「これから親を見送る上でどういうものを選ぶのか考える必要があると感じた」という声など、時代にあわせて変化し続ける供養のカタチに人々が迷いながらも関心を寄せ、自分たちにとっての最良の選択をしようと真剣に考えていることがうかがえた。
人々の生き方が多様化するなかで、供養方法の選択肢もまた広がっている。しかし、何を選択するにせよ、弔う気持ちあってこその選択であることに変わりはない。「形式がカジュアルだからといって、弔う気持ちや手をあわせる気持ちがカジュアルさと並行するわけではない。それはどこに向かっても一緒なのだという風に私は感じました」著作を終えた感想として、井上氏はそのように話した。
終活という言葉が世の中に浸透しはじめたのはいつごろからか。すっかり聞き慣れた “ 終活 ” だが、しかし現実問題として「具体的に何をどうすればいいのかわからない」という人も多いのではないだろうか。今回のイベント講演会に参加された多くの人もまた、終活イベントに興味を持ちながらも、これまで参加する機会に恵まれなかった人が大半を占めていたことがアンケートの結果でわかった。『日比谷花壇のお葬式』では、定期的にお葬式の勉強会を行っている。参加することで、不安や悩みの解決の糸口がみえてくることがあるだろう。気軽に情報を入手できる機会は積極的に活用し、後悔のない納得のいく答えを見つけ出すために、まずはどのような選択肢があるか知ることからはじめてみてはいかがだろうか。
井上 理津子(いのうえ りつこ)1955年奈良県生まれ。タウン誌記者を経てフリーに。著書に『葬送の仕事師たち』(新潮社)、『親を送る』(集英社)、『さいごの色街 飛田』(新潮社)、『遊郭の産院から』(河出書房新社)、『大阪 下町酒場列伝』(筑摩書房)、『すごい古書店 変な図書館』(祥伝社)、『夢の猫本屋ができるまで』(ホーム社)などがある。
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